はじめまして!フリーランスのライター/webデザイナーのmai(@mai_nomad)です。
私は調剤併設型ドラッグストア薬剤師・薬局薬剤師・派遣薬剤師を経て、現在フリーランスのライター/webデザイナーとして生活しています。
ここでは、なぜ安定した職業・薬剤師からフリーランスになったのか?なぜライター・webデザイナーの道を選んだのか?をふまえて、簡単に自己紹介していきます。
また、「”自分らしく、楽しく、おもしろく”働く全国の薬剤師たち」を紹介&応援するブログ「Pharma Trip」を運営しています。
趣味でのんびりですが、色んな薬剤師さんの生き方を紹介しているので、是非みて見てください〜!✨
Contents
簡単なプロフィール
すぐに読める、簡単なプロフィールはこちら!
新卒時代
調剤併設型ドラッグストア/薬局薬剤師として働く。
多忙な店舗&ウイルスによる左顔面神経麻痺となり、味覚障害や左瞼が閉じないなどの障害をもつ。(現在はほぼ完治済)
いつ麻痺が治るかわからないとのことで、休職を申し出たが、人手不足なので体が動くなら働いてと断わられる。
約1ヶ月間症状を持ちながらメガネ・マスクで働き続け「いざという時に会社は自分を守ってくれるわけではない」と知る。
なんとなく感じていた「一生こうして生きていくのかな?」という違和感を無くすため退職し、1ヶ月間沖縄にて療養。その後、大好きな旅をしながら生きる「派遣薬剤師」という生き方を選ぶ。
派遣薬剤師時代
働く日数と働く場所を選べる派遣薬剤師へ転向。元々旅することが好きだったので、ブロガー・ライターをしながら派遣薬剤師として沖縄・北海道・静岡などで働く。
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興味のあったフィリピン語学・医療英語留学へも参加。
フリーランス
2019年11月に、山梨県都留市で行われた「田舎フリーランス養成講座」に1ヶ月参加。フリーランスのwebライター/ブロガーを目指す。
タイのバンコク・チェンマイにて海外ノマドをしながら過ごし、今に至る。
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好きなこと
- 旅行(国外:イギリス、イタリア、ベルギー、クロアチア、フィリピン、ベトナム、ハワイ、オーストラリア、タイ/国内旅行:沖縄、宮古島、石垣島、西表島、福岡、長崎、大分、香川、和歌山、兵庫、大阪、京都、愛知、岐阜、静岡、神奈川、東京、宮城、北海道)
- 自分の知らない世界の人の話を聞くこと(インタビューなど)
- アクセサリー(ピアス制作、販売経験あり)
- 写真(orimpus-pen/gopro-6)
- 絶叫系アトラクション
- ギター/ウクレレ(練習中)
- サーフィン(練習中)
経歴
- 2010年 京都薬科大学 薬学部入学 よさこいサークルに入り、全国を回る。
- 2012年 ボランティアサークルの友達と初めてバックパッカーでベトナムに行く。孤児院で一生の友達となる女の子(当時小学生)と出会う。
初めてのバックパッカーが楽しすぎてこの時から旅のとりこになる。 - 2014年 病院・薬局実習の合間に1ヶ月イギリス・ロンドンに短期語学留学。
語学留学の学校・ホームステイ先は費用を浮かすために、エージェントを通さず自力でネットで探す。
ハリーポッターが大好きで、毎朝5時に起きてロケ地めぐりをする。
高校生の頃イタリアに絵画留学したかったのもあり、1週間1人でローマ・フィレンツェ・ナポリ・カプリを巡る。路上で可愛い革のバックを購入、今でも使用中。 - 2016年 緊張しすぎて凡ミス連発、薬剤師国家試験になんとあと2点で落ちる・・絶望!
大手の予備校・薬学ゼミナールに1年間通い、全国模試薬理学7位、模範生となる。
薬学ゼミナールにて「予備校講師にならない?」と誘ってもらうが、内定の出ていたドラッグストアに就職。 - 2017年 多忙&ウイルスにより左顔面神経麻痺となる。
求職を申し出たができなかったため退職。医師に寒さもストレスの1つと言われたので沖縄に行き1ヶ月療養する。(沖縄本島、慶良間諸島、宮古島、石垣島、竹富島、小浜島、西表島など、行ってみたかった場所でのんびりしました。) - 2018年 沖縄に行ったおかげか、半年〜1年はかかると言われていた左顔の麻痺が3ヶ月で気にならなくなる!
沖縄・北海道にて派遣薬剤師を始めるとともに、はてなブログ・知り合いのブログで文章を書く。 - 2019年 フィリピン・セブに3ヶ月の語学・医療英語留学に行く。
派遣薬剤師でお金をためた後、山梨県都留市で「田舎フリーランス養成講座」に1ヶ月参加。
1週間で7万円受注できたことでやる気を出し、フリーランスの医療、旅行ライター・webデザイナーを目指す。
3つの人生の分岐点
3つのターニングポイントを経て、フリーランスの道にたどり着きました!
理系科目は大の苦手。でも、薬剤師を目指すことに
私の家はちょっと厳しくて、小さい頃から漫画・ゲームは禁止。テレビはクレヨンしんちゃんとこち亀も禁止。家には本しかなかったこともあり、本を読むことが大好き。なんとなく文系の大学に行って、卒業して結婚する人生なのかな〜と思っていました。
しかし高校2年生の文理選択の時期に親が離婚。パートナーに頼らず、自分自身の力で生きていけるようになりたいと思い、安泰な資格が取れる医療専門職を目指すことに。結果、大嫌いと思っていた理系科目を勉強し続けることになります。
当時私は医師・看護師・薬剤師しか知らず、
「医師は脳みそ的に絶対ムリそう……」
「看護師は女の世界がこわそう……」
なんて安直な理由から薬剤師1択に絞り、高校3年生の1年間猛勉強。結果、なんとか現役合格。
このときに、頑張ってたら色んな人が応援してくれること、「できない」と思ったらなんでもできないこと、何回失敗しても失敗するごとに成長していくんだな〜と学びました。
大学入学後、ベトナムボランティア・ロンドン留学に行く
大学入学後、よさこいサークルに入り大阪・神戸・北海道などのお祭りを周り、知らない場所に行くことの楽しさを知りました。
その行動力がきっかけで、友達にボランティアサークルに誘ってもらい旅の楽しさのとりことなります。
大学3年生:初バックパッカーで友達とベトナムボランティア
親が英語の先生だったこともあり、家族での海外旅行はいつも通訳・宿取りをしてもらっていました。なので、自分で話して、宿をとって、飛行機の予約をして……という初めての経験に大興奮。
英語は全然できないけど何をするのも新鮮で楽しくて、旅行中はずっとワクワクしていました。
孤児院のボランティアでは、一緒にご飯を食べたり、理科の実験と称してじゃがいものヨウ素デンプン反応で色を変えたり、オレンジの汁で紙に絵を書いて火で炙ってあぶり出しをして遊びました。
皆すごく元気で、孤児院っていうことを忘れるくらい。子供達にアイラブユーって言われて照れてたら、事あるごとに言ってくれるようになって幸せでした。
特に当時小学生の女の子、ヘインちゃんがすごく懐いてくれて、最後の日には私が教えた折り紙の鶴を瓶いっぱいに作ってみせてくれて、か、かわいい〜〜〜!っと射抜かれました。今でもfacebook,instagramは繋がっていて、2-3年に1度は会いに行っています。
私も孤児院の子たちも、そんなに英語は話せなかったけどこんなに仲良くなれるんだなあ、もっともっと色んな世界を見てみたいなと思うようになりました。
大学5年生:実習の合間にイギリス・ロンドン留学
社会人になる前に、もう一度色んな世界を見てみたいと思うようになり、病院実習と薬局実習の合間がちょうど空いたので、イギリス・ロンドンに1ヶ月語学留学に行きました。
語学学校ではフランス・スペイン・ロシア・ドイツ・韓国・中国など色々な国から生徒が集まっているし、道や電車にすごい美女やイケメン、黒人さんなど色んな人種の人がたくさんがいて……
いつもと違う日常に、毎日ドキドキしっぱなしでした!
ホームステイ先は黒人のお母さんで、こわいかな?なんて先入観があったけど、フレンドリーで優しくて、本当の娘みたいに接してくれました。
美女もイケメンも皆目があったらにっこりしてくれたり、地下鉄で席他にも空いてるのに譲ってくれたり、重い荷物を持ってたら変わりに持ってくれたり……
誰に対しても自分ごとのように捉える優しい人達に、ここは天国かな!?と思って感動していました(笑)
学校では、「そんなことは皆分かるんちゃうかな?」なんてことを堂々と授業中に聞いて理解するドイツの方、訛りがすごいのに臆せずどんどん話して勉強しようとするイタリアの方、もう80代くらいのおばあちゃんなのに一生懸命メモしてるロシアの方、色んな国の色んな方達と出会うことができました。
価値観の違いや考え方を知ることで、自分の世界がどんどん広がって行くのが楽しかった!
ただ、1ヶ月だったのもあり、英語力はそこまで上達せず、話す度胸だけ身につけて帰って来ました。
表面的なことしか話せなくてお互いに話すことを諦める場面も多く、もっとちゃんと話せるようになりたいな、なんて思いながら帰国しました。
多忙&ウイルスの感染より退職→派遣でのんびり全国へ
移動やヘルプ、薬局という狭い世界での先輩たちの仲の悪さ、薬局長の傍若無人さでいっぱいいっぱいに……極めつけはおそらく耳鼻科門前への応援にてウイルスをもらったことで、左側の顔が固まって全く動かなくなってしまいました。
求職を申し出たけど断られ、療養を最優先にするために退職。クソ真面目な家で育ち、普通に働くことが正解だと思っていたのに、私の正社員ライフは終わってしまった。
でも、このまま働いていてもいつ治るか分からないし会社が責任をとってくれるわけじゃない!と振り切って、1ヶ月沖縄でのんびり療養することに。
今まで親の期待もあって、
「ちゃんとしなきゃ」
「正社員で安定しなきゃ」
なんて思ってたけど、私の性格はもともと激しくゆるいし
根は真面目すぎる〜と思うこともあるけど、随分適当に生きてるし
色んな所に行くのが好きだし
思い切って派遣薬剤師になり、沖縄・北海道・静岡で働く日々を選びました。
もしあのときに、もっとちゃんとしなきゃ!って自分を追い詰めてたら、顔の治りはもっと遅かっただろうと思います。大好きな旅と生きれたからすごくワクワクした楽しい日々を送ることができました。
※ブリーチしてグレーに染めたら、沖縄の潮風かもとの髪質のせいか、すぐ色が抜けて金髪になりました。
気に入ってしばらく沖縄を金髪でうろうろしてましたw
今後の夢
今後やりたいこと・叶えたいことを3つにまとめました!
旅と仕事の両立
「田舎フリーランス養成講座」に参加した1番の理由です。
派遣薬剤師なら、ある程度日本の色んな場所に行って働くことができるけど、やっぱり色々な制限はあるし海外にも行けません。
日本でも世界でもどこでも稼げるフリーランスになって、のんびり楽しく暮らしていきたいです。
発信する・本を出す
私が顔面麻痺になった時、ネットでいくら探しても、20代女性の体験談は中々ありませんでした。
なので、顔面麻痺になった経験談をはてなブログで書いていたら、いつの間にかトップ記事(SEO1位)になっていたんです。
昔の私に向けて、これ知っといたほうがいいよ〜と思ったことをつらつら書いていたらこうなったので、これからも自分が知りたかった色んなこと(薬剤師の様々な働き方や転職体験、旅の知識など)を、ブログに綴っていって、誰かの手助けになれたら最高だなあと思ってます。
また、いつか今まで旅してきた写真を入れた本を出せたらいいなと思っています。
まだまだ夢物語ですが、以前たまたま知り合った出版社の女性の方に「言葉にすれば夢は叶う」と後押ししていただいたので、どんどん言葉に出していけたらと思っています!
働き方に悩む人を導く
今まで海外10ヶ国旅した中で、色んな国の様々な人に出会いました。
沖縄や北海道でも、ゲストハウスやシェアハウスなどで色々な人に良くしてもらいました。
そんな中で何回か相談されたのが、「どうやったらリモートでお金を稼げるの?」ということ。
今、コロナで海外在住の友人は、稼げる手段がどんどん限られています。
いなフリでのメンターや講師を通して、場所にとらわれずに稼げる働き方を、必要な人に提供していけたらと思っています。
また、「薬剤師」というキラキラした国家資格を手に入れたにも関わらず、私は「臨床現場での薬剤師」として働き続けることができませんでした。
薬剤師だけでなく、国家資格に囚われて、「本当に自分の好きなこと」に手を出し切れなかったり、「本当に自分が好きなこと」が分からないままモヤモヤしている人は多いのではないかな、と思います。
そんな人に、「こんな生き方があるよ」って一緒に考えて、アドバイスできるといいなと思ってます。
最後まで読んでくれてありがとー!
ながーいプロフィールを読んでくれてありがとうございました!
書いていたら、自分がこれから何をしたいのかを整理することもできてすごく良かった。
できれば資格を活かしながら、私はのんびり平和に生きていきたいです!
色んな国や地域でノマドをしながら生きていきたいと思ってるので、どこかで会ったらよろしくおねがいします♪